「やっぱり、着物の人がひとり、ふたりいるとシまるよね」
2年前の父の葬儀に、喪服を着たのは私と姉。
着物好きの母は80歳を越えてから「もう着るのは面倒だ」とメッキリ着物から遠のいてしまった。
そんな母が葬儀のあとに口にしていた言葉だ。
私は嫁入り道具に喪服を持たされなかった。
持たされても着ない人がほとんど。そして、持たすことすらしなくなった今
喪主さえも喪服を着なくなってしまっているのだから仕方ない。
そんな時代に逆らうかのように(笑)数年前に”喪服は着物!”と決め込んだ私。
ブラックフォーマル、洋装も持ってはいたがデザインに飽きがくる。こういうものも流行がないわけではない。
いつ着ることになるかわからないのに用意しておくのも納得がいかない。着ない洋服がクローゼットにかかりっぱなしが気になるタチ。
着物だったら、しょっちゅう着なくても放置しておける不思議。
喪服に流行りも廃りもないし、喪主が着ていないからといって着物で参列して失礼になることはないし、そんな想いでこうなっている。
喪服といえば、なんと言っても思い出すのは私の着付けの師匠のこと。
私が修行していたのが、師匠が80代になろうかという頃。
まだ、喪服を誂えていなかった私だったが、師匠の葬儀には着物で!と考えていた。(なんて失礼なヤツ、、苦笑)
両親が師匠と同じ年頃でもあり、そんな想いで誂えた。
そして、その時が来たのだが、、、
師匠は入院中にキリスト教の洗礼をうけ、葬儀はキリスト教でとのこと(゚д゚)!
一瞬戸惑ったが、これは”私の気持ち”だから!と着物で参列した。
案の定、私だけだったが、師匠を送る気持ちを着物を着ることでも表現できたと思っている。
死の直前でその決断は、ある意味、師匠らしいと頬がゆるんだ。
私が喪服を着た最初の葬儀だった。
それ以来、夏でも、関係性にもよらず、その場に参列するときは着物。
準備する時間、故人を想い、悲しみに寄り添いながら半襟を縫い付ける。
あぁ この時間、悪くない。
仕事柄、私のところには多くの着物が集まってくる。
一件分いただくと、その中に必ずあるのが留袖と喪服。
どうしたものかなぁ と思いついたのが、その二つを合体させてカジュアル着物にしてしまうこと。
衿に留袖の柄の部分を持ってくる、八掛に留袖柄をチラつかせる、袖口にかすかに柄をのぞかせる。
喪服の五つ紋に刺繍を施し普段着物に変身させる。一つ紋の色無地も然り。
そんな発想で生まれ変わった着物たちが世に出て、着物ファンを楽しませてくれている。
リサイクル業者では、なかなか引き取ってもらえない喪服。
視点を替えれば、可能性を秘めた衣。
黒は若い世代に人気がある。あらゆる着物を黒染めしてアップサイクルしている業者もいる。
まっ黒い振袖が着たいという子もいた。
着物の世界で黒といえば、喪服。
普段に着る黒無地の着物なんて考えられなかったけど、そういう発想も受け入れられる時なんだと。
これからはもっともっと、自由な発想でデザイン・スタイリングを楽しんでいこう。
着物が着物でありながら、時代と共に変化しつつ広がりをみせる。
そんなふうに”着物”という衣をプロデュースしていきます。
そうそう、、
中村勘三郎さんが亡くなった時、奥様がまっ白い喪服をお召しになられていました。
あのお姿も、なんというか、、悲しみのなかにも凛とした決意を感じる喪服姿でした。
操を立てる という意味があるとも、、、
装いには心意気が映し出されるという、そんな話はまた今度に(^^♪
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